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名古屋地方裁判所 昭和40年(ワ)357号 判決 1965年4月27日

原告 株式会社御園ビル破産管財人 吉田清

被告 不動産業株式会社

主文

被告は原告に対し名古屋市中区南園町一丁目十三番地所在家屋番号一丁目十三番店舗兼事務所鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建の内四階北窓側の貸室約十坪を明渡し且つ昭和三十九年十一月一日以降右明渡済みに至るまで月金二万八千円の割合による金員を支払わねばならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告は主文と同旨の判決と仮執行の宣言を求め、請求の原因として、一、株式会社御園ビルは昭和三十九年十月経営不振に陥り、名古屋地方裁判所に対し自己破産の申立をなし、右は同裁判所昭和三九年(フ)第一八三号破産事件として係属し、昭和三十九年十月二十九日破産宣告をうけ、原告は同日その破産管財人に選任せられた。二、被告はかねてより右の破産会社から名古屋市中区南園町一丁目十三番地所在家屋番号一丁目十三番店舗兼事務所鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建のうち四階北窓側の貸室約十坪を借受け、昭和三十九年十一月現在賃料は月金二万八千円で毎月分を前月二十八日限り支払う約であつた。三、しかるに被告は昭和三十九年十一月分からの賃料を支払わないので原告は昭和四十年一月二十一日被告の名古屋事務所責任者取締役瀬口幸一を介して被告に対し昭和三十九年十一月分から昭和四十年一月分まで三ケ月分の未払賃料を昭和四十年一月二十三日までに支払うべく、若しその支払なきときは右期日経過と共に右の貸室契約は解除せられたものとして取扱う旨の催告並に条件附契約解除の意思表示をなした。四、被告は右期日までに右の延滞賃料の支払をなさなかつたので右の賃貸借契約は同期日の経過と共に解除せられたものであり、仮にそうでないとしても原告は本訴状をもつて右の契約解除の意思表示をなす。五、よつて原告は被告に対し右貸室の明渡と昭和三十九年十一月一日以降右明渡済みに至るまで前記月金二万八千円の割合による延滞賃料乃至右契約解除後は同賃料相当の損害金の支払を求める。六、仮に以上の主張が理由のないものとするも原告は本訴において破産法第五十九条により右の賃貸借契約解約の申入をする。右により被告は右の申入の被告に到達した日から民法第六百十七条所定の三ケ月の期間の経過と共に右の貸室を明渡すべき義務がある。然るに被告の本訴における応訴態度からその明渡をしない虞が十分であるから予めその明渡の請求をする。七、仮に以上の主張が理由のないものとするも原告は右の賃貸借契約の更新を拒絶する。よつて同契約は昭和四十年三月三十一日に終了したので原告は被告に対し右貸室の明渡を求める。と述べ、八、被告の主張を争い、右の破産会社が被告から収受した金百万円の保証金は被告の主張するように敷金ではないから破産法第百三条の適用はない。即ち被告は右の破産会社に対する債権届出において右の金百万円は右貸室契約の「貸金保証金債権」であるとなしており、被告の主張は前後矛盾している。一般にビルの貸室契約において建設協力金、保証金、権利金、礼金、敷金等の名目でビル経営者が賃借人より金員を収受するものであるが、これを分類すると、(一)賃借人に返還せられないもの――通常礼金又は権利金と呼ばれているもの。(二)賃借人に返還せられるもの――これには二種類あつて、(1) ビル建設に要した費用を基準にして坪当り所要経費を算出し、この金額を貸室坪数に乗じて計算するものと(2) 一ケ月分の賃貸料を基準にして三ケ月分又は五ケ月分というふうに計算してその額を定めるものとがある。右の(1) は通常貸ビル保証金乃至建設協力金と呼ばれ将来の賃貸人の賃借人に対する損害賠償等請求権の担保たる作用をも営むけれども、収受の最も重要なる趣旨はビル建設費の補充のために使用されることにある。従つてこれは(2) とは異なり坪当り計算をなすものであるし、その額も通常一坪当り金十万円、金二十万円という高額になるのである。右(2) は一般に敷金と呼ばれるもので法上三ケ月分までしか認められていない。これは建設費とは無関係のもので従つて額の算出は賃貸料を基準とし、その倍数により求め、金額も少いものである。本件の右金百万円は右の(1) に述べた建設協力金乃至保証金であつて決して敷金ではない。よつて右の保証金を自働債権とする相殺の意思表示は無効のものである。九、仮にそうでないとしても被告の相殺権の行使は権利の濫用である。と述べた。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実中一、二の各点及び三の中催告の内容を除くその余の点を認め、同催告の内容の点及びその他の点を争い、一、被告は前同三階約七坪の貸室を賃借した際協力費としての金十四万円の外に保証金として金七十万円を差入れたが後に右の約十坪の貸室に代り、保証金の差額金三十万円を差入れて、保証金は金百万円となつた。乙第一号証賃貸借契約書第二条によると右の保証金は所謂敷金に該当する。(東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第五一七九号、昭和二十八年一月三十一日判決下級裁判所判例集第四巻第一号百四十二頁参照)即ち被告は破産会社に対し敷金金百万円の停止条件附返還債権を有している破産債権者であり、破産法第百三条によると破産債権者が賃借人なるときは破産宣告の時における当期及び次期の借賃につき相殺をなすことを得、敷金あるときは其の後の借賃につきまた同じと規定せられており、原告の乙第三号証による前記賃料支払の催告並に条件附契約解除の意思表示に対し被告は昭和四十年一月二十三日原告に対し乙第四号証により右の催告を受けた賃料債務と被告の右の破産債権とを破産法第百三条に基き相殺をなす旨の意思表示をなした。よつて被告には右の賃料の不払はないので右の賃貸借契約は被告の債務不履行により解除せられたものとなすことはできない。二、原告の予備主張六については、破産法第五十九条は破産宣告当時に双務契約における当事者双方の債務がいまだともに履行を完了していない場合に関する原則規定であるけれども、賃借人が破産した場合については民法第六百二十一条、第六百十七条の特別規定があるが賃貸人が破産した場合には何等特別規定がない事実及び賃貸人が破産した場合に破産法の右の規定が適用されると解するときは賃借人は賃借人自身が破産した場合よりも却つて不利益な取扱を受けるという不合理な結果に陥り、借地法、借家法に現われている賃借人保護の精神が没却されることになる。従つて賃貸人が破産宣告を受けた場合にその宣告前に締結された賃貸借契約については破産法第五十九条の適用はない。要するに賃貸人が破産宣告を受けても賃貸借関係の運命自体には何等の影響なく、唯公平の観点より破産法第六十三条、第百三条の適用があるにすぎないのである。(東京地方裁判所昭和三四年(ワ)第二八四六号事件、昭和三十四年十二月十一日言渡判決――下級裁判所民事判例集一〇巻一二号二五九〇頁及び東京高等裁判所昭和三四年(ネ)第三〇〇〇号昭和三十六年五月三十一日言渡判決――下級裁判所民事判例集一二巻一二四六頁参照)三、原告の予備的主張七については借家人保護を目的とする強行規定である借家法第二条第一項によると更新拒絶については当事者が期間満了前六月乃至一年内に相手方に更新拒絶の通知をしないときは期間の満了の際前賃貸借と同一条件をもつて賃貸借をなしたるものと看做す。と規定されているが、破産者及び原告は右の期間内に更新拒絶の通知をしないから本件賃貸借は既に昭和四十年三月三十一日に法定更新されている。右の規定が何等法律の規定もなく、賃借人に何等の責任のない賃貸人の破産宣告を受けたという一事のみにより効力を失うものと解する根拠は全然存しない。その他原告の主張はいずれも失当である。と述べた。

証拠<省略>

理由

請求の原因たる事実一、二の各点及び同三の中催告の趣旨を除くその他の点はいずれも当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によると右の催告の趣旨が原告の主張の通りであること認定することができる。(ただ同号証中滞納月数及び金額の表示は誤算乃至は誤記で滞納賃料三ケ月分の催告がなされていることには間違がない。而して成立に争のない乙第一、第二、第三号証によると被告は昭和三十六年二月十六日右の賃貸借契約(当初は約七坪の貸室につき)成立に先立ち右破産会社の代表取締役たる富田キミ子個人に宛て後日右の賃貸借契約公正証書締結を目的として(一)保証金金七十万円、(二)協力費金十四万円、(三)家賃一ケ月分金一万七千五百円、(四)電話料金八万円を預けて後に右の賃貸借契約を締結し更に後に約十坪の貸室に代り保証金金三十万円を追加して保証金は金百万円となつたことが認められ、(右の保証金の差入れられたことは当事者間に争がない。)右の乙第一号証約十坪の貸室の賃貸借契約書には右の協力費は謳われておらず保証金の性質、返還の条件等については詳細に規定せられていることが認められる。即ち右の契約条項によると右の保証金の差入は右の賃貸借契約の附随的内容をなしており同賃貸借契約の終了を停止条件とする返還請求権を伴う金銭所有権の移転であることは敷金と変りはない。(被告の掲記する東京地方裁判所の判例はこの趣旨において理解せられるべきであり、直ちに保証金を敷金なりとする点は後記説示の如く疑問を存する。)敷金は通常借家契約に附随して当事者間の特約で交付せられるもので近時多額になる傾向にはあるが家賃三ケ月分相当額を普通とし、地代家賃統制令第十一条地代家賃統制令による地代並に家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等を定める告示第二の一の3の(1) によると敷金は、もしこれを受領するときは家賃の三ケ月分に相当する額以下とする。と規定せられており、いずれにするも家賃の倍数により計算せられ、その額は保証金の場合にくらべると比較的少額に止るのに反し、右の金百万円の保証金は約十坪の貸室につき一坪金十万円の割合で算出せられていることが右の認定事実に徴して明らかであり右額は右の貸室の賃料月額金二万八千円の三十数倍に当り右が原告所説の如く莫大なるビル建設費の補充乃至負担軽減の意図の下に賃貸人(本件についていえば破産会社の代表者富田キミ子個人がビルの建設者でこれを破産会社に賃貸し、破産会社が被告に対しその貸ビルをなしているものであることが右各証拠上明らかではあるけれども経済的に言えば富田キミ子と破産会社は同一とみれないことはない。)に交付せられたものであることは成立に争のない甲第一、第二、第三号証、乙第一、第二、第三号証に徴するもその一端を窺知しうべきも、一般に借家乃至借ビルにおける保証金が近時その主要点において右の如き経済的機能を営むに至つたことは顕著なるところにして従来の家賃の数ケ月分を原則とせる敷金とはその性質を一変しており、両者の機能の類似点のみを捉え直ちにこれを同一なりと断ずることは危険である。これを破産法第百三条にのみ限局してみても、若し両者を同一なりとして右の保証金にも同法の適用ありとせんか破産手続の継続年数によりては被告は右保証金の停止条件附破産債権者として同法による相殺権の行使により右の保証金全額の満足を受け得ることになり、他の破産債権者に対する関係上極端に公平の原則を紊り、賃借人が不当なる利益を享受することになることを免れない。これは同法が僅々三ケ月乃至数ケ月の家賃額に相当する少額の敷金のみを、経済的弱者たる賃借人保護のために、助けんとする目的を全く逸脱せることになる。尚乙第二号証によると被告は富田キミ子に対し金十四万円の協力費を交付したことが認められるが、これは右各証拠によると被告に返還せられないいわゆる礼金乃至権利金と目すべく、これをもつて右の保証金の性質の認定を覆えすことはできなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。果して然らば右の保証金は敷金にあらずしてこれに破産法第百三条の適用のないことが明らかであるので被告の相殺の抗弁は理由のないものとして排斥を免れない。尚被告は右の相殺の主張により原告の催告にかかる延滞賃料の支払を催告期限までになさなかつたことを認めており、これにより請求の原因たる事実四の賃貸借契約解除の効果は有効に発効したものと認められる。而して叙上認定の本位的請求の原因たる事実によると原告の本訴請求は理由があるので、爾余の争点に対する判断をまつまでもなく、これを正当として認容し、民事訴訟法第八十九条第百九十六条第一項により主文のように判決する。

(裁判官 小沢三朗)

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